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高松高等裁判所 昭和30年(ネ)361号 判決

第一審原告 日本電信電話公社

訴訟代理人 入谷幹三郎 外五名

第一審被告 誠興業株式会社

主文

原告の本件控訴はこれを棄却する。

原判決を左の通り変更する。

被告は原告に対し金十三万五千八百七十円及びこれに対する

昭和二十九年四月二十五日以降右金員完済になるまで年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求はこれを棄却する。

原告の控訴費用は原告の負担とし、その余の訴訟費用は第一、二審を通じこれを五分し、その一を被告その四を原告の負担とする。

事実

原告(昭和三〇年(ネ)第三六三号事件控訴人、同年(ネ)第三六一号事件被控訴人、第一審原告、以下同じ)訴訟代理人は、昭和三〇年(ネ)第三六三号事件につき「原判決中原告の敗訴部分を取り消す。被告は原告に対し金二十三万七千二百五十三円及びこれに対する昭和二十九年四月二十五日以降右金員支払に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被告の負担とする。」との判決並びに、昭和三〇年(ネ)第三六一号事件につき「控訴棄却」の判決を求め、被告(昭和三〇年(ネ)第三六三号事件被控訴人、同年(ネ)第三六一号事件控訴人第一審被告以下同じ)訴訟代理人は昭和三〇年(ネ)第三六一号事件につき「原判決中被告の敗訴部分を取り消す。原告の本訴請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共原告の負担とする。」との判決並びに、昭和三〇年(ネ)第三六三号事件につき「控訴棄却」の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述及び証拠関係は、それぞれ次の如く事実の陳述をなし証拠の提出援用認否をした外、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。但し原判決七葉裏十二行目「附表第三」とあるを「別表第二」と、八葉表六行目「附表」とあるを「別表」と読み替える。

原告訴訟代理人は

一、原判決二葉裏面より三葉表面にかけて(3) の主張を次の通り訂正する。

そのため原告は末尾添付の別表記載のように、(一)右切断ケーブルの復旧費として金三十八万一千二百六十四円の支出を余儀なくされたほか、(二)右切断により電話及び電報がと絶したためその間に得べかりし電話料金二十三万二千八百三十八円電報料金四万四千二百二十三円を喪失した。

しかしながら右復旧工事に際し撤去した物品は金十二万四千九百九十三円の残存価値があるのでこれを前示三口の損害金合計金六十五万八千三百二十五円より控除した金五十三万三千三百三十二円が原告の蒙つた損害であり、これは前記五名の被用者が被告会社の事業に属する水道管敷設工事のための道路掘さく作業の執行につき、故意又は少くとも過失により原告に蒙らしめた損害で使用者たる被告会社はこれが損害を賠償すべき義務がある。

二、原告が従前主張した損害金には違算があるので、当審において請求を減縮し右金五十三万三千三百三十二円及びこれに対する本件支払命令の被告へ送達された翌日である昭和二十九年四月二十五日以降右金員支払に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるのであるが、既に第一審において一部勝訴したのでその額を控除し、残額金二十三万七千二百五十三円及びこれに対する右昭和二十九年四月二十五日以降年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三、被用者のなした行為が使用者の「事業の執行について」なされたものであるか、どうかを判断するに当つては、その行為が法律行為であると事実行為であるとを問わず広く被用者のなした行為の外形を捉えて客観的に観察し、いやしくもそれが外形上使用者の職務行為の範囲内に属するものと見られる限り、使用者或は被用者の意思を斟酌する必要はない。

四、被告の過失相殺の抗弁は否認する。被告は本件工事に着手前工事主たる松山市役所の職員元藤正男から本件ケーブル埋設の事実を伝達されこれが埋設の事実を熟知している。仮に右伝達がなかつたとするも本件の如く作業地区にケーブル線等地下埋設物が存在すると予想せられる場合は社会通念上被告側から道路管理者又は施設物の所有者に連絡しその存否を確め各作業者に予め注意すべきであるのに斯様な措置をしない被告にこそ過失があり、原告には何等過失がない。

五、本件ケーブルの耐用年数は二十八年で、昭和十七年五月頃埋設したものである。復旧のため要した勤務手当は昭和二十八年八月二十四日、補食費は同年七月末日それぞれ支払を了した。

六、立証〈省略〉

被告訴訟代理人は

一、被用者のなした行為が使用者の「事業の執行について」なされたものであるか、どうかを判断するに当つては、その行為の外形を客観的に観察すると共に、使用者及び被用者の意思をも主観的に観察して判断しなければならない。仮りに被告の被用者本山等の本件ケーブル切断行為が外形上被告会社の作業の如く見え、或は作業に関連があると観察せられても、右ケーブル切断は本山等が作業の機会を利用して、作業と関係なく窃取のためにした犯罪行為であるから、これにより被告会社の作業は中断せられ該行為は被告会社の業務の執行より離れ、「事業の執行について」なされたものとはならない。本山等のケーブル切断の行為が窃盗であることは同人等が該行為により窃盗犯人として松山簡易裁判所で懲役一年の判決を受け該判決が確定している事実により明らかである。

二、被告会社の請負うた本件工事は公共事業であるから被告会社はこの工事に必ず公共職業安定所すいせんの人夫を雇傭しなければならない。そこで此の種土工作業に数年の経験を有するもをすいせんして貰い、雇傭したものであるから被用者の選任については過失がない。

三、被用者の監督或は作業上の注意は、普通人として常識上知悉していると思われることまでもする必要がない。本件被用者は土工数年の経験者で埋設物に対する処置は十分知悉している。従つて同人等に対し殊更窃盗の目的で埋設物を切断してはならぬ等の注意をなす必要はなく、又これを防止するため常時現場に居て被用者を監督する必要もない。それを要求することは条理上不当である。よつて被告には事業の監督についても過失がない。

四、原告の如き公共企業体は被告の如き作業者に予め公共の埋設物の存在することを告知し施工について注意を促すべき義務がある。しかるに原告はその義務を尽さなかつたものであるからこの点において過失がある。従つて本件損害金を算定するに当つては右過失は当然斟酌せらるべきものである。

五、本件ケーブルの耐用年数が二十八年であることは認める。

六、立証〈省略〉

理由

被告会社が土木建築業を営む会社で、昭和二十七年七月十一日訴外本山音次郎外四名(白倉博、吉田梅太郎、渡辺豊、浜田正臣)を雇つて、松山市から請負うた国鉄線松山駅前道路の掘さく作業に従事させたこと、右本山外四名が同日同場所で原告所有の本件ケーブル二条をそれぞれ約二米ずつ切断したことは、いずれも当事者間に争がない。

原告は右ケーブルの切断行為は、ケーブルが被告会社の前記掘さく作業の障害となるのでこれが障害を除去するためと、これを売却すれば多少の利得が得られるところから行われたもので、被告会社の義務の執行についてなされたことになると主張し、被告は右切断は前示掘さく作業の障害を排除するためになされたものでなく、掘さく作業の機会を利用して行われた本山等の犯罪行為であり、従つて被告会社の業務の執行についてなされたことにはならぬと抗争するので、先ず右ケーブル切断の目的及びその当時の状況について考えるに、検甲第一号証現場写真であることに争のない甲第一号証の一ないし三、成立に争のない甲第十九号証の一、同号証の二の一部乙第一ないし第五号証の各一部、原審及び当審における証人白倉博、同浜田正臣、同渡辺豊、同本山音次郎、同吉田梅太郎の各供述の一部、本山等が右ケーブル切断のため松山簡易裁判所で窃盗罪により懲役刑の言渡を受けその裁判が確定した事実(この事実は原告が明かに争わず又弁論の全趣旨によるも争つたものと認められないから自白したものと看做す)を綜合すると、被告会社は松山市から請負うた国鉄松山駅前の道路掘さく作業を昭和二十八年七月十一日午前八時半頃から本山等五名に受持区域を定めて施行させていたところ、同日午后四時頃被用者の一員浜田正臣が同人の掘さくしていた地下約一米余の箇所に埋設している本件ケーブルを発見し他の四名と共にこれを古パイプか或は現在使用されていないスズラン灯用のケーブルと考え切断撤去して売却することに一決し、直ちに同所より約二百米離れた被告会社の現場事務所からタガネ、ハンマー等を被告会社に無断で持出し、これを使い交替で本件ケーブル二条を約二米宛切断したこと、これが切断中本山、白倉の両名は右ケーブルは現に使用中のスズラン灯用のケーブル線であるかも知れぬと考え切断中止を提案したが他の三名が使用中のものとは認めずこれに応じなかつたので本山、白倉の両名も予定通り切断することに賛成し約三、四十分かかつて切断を終りこれを撤去したこと、その際本山等はその切断により掘さく作業の障害を除こうとの考えは別段持つていなかつたことを夫々認めることができる。証人白倉博、同浜田正臣、同渡辺豊、同本山音次郎、同吉田梅太郎の証言中右認定に反する部分は措信することができない。右甲第十九号証の二、乙第一ないし第五号証は右各証人の供述調書であるが同号証中右認定に反する同人等の供述記載部分は採用することができない。その他右認定を左右するに足る証拠はない。そこで右ケーブル切断の行為が民法第七百十五条にいわゆる「事業の執行に付き」なされた行為に該当するかどうかについて考えるに、右「事業の執行に付き」とは、被用者がその担当する事務を適正に執行する場合だけ指すのでなく、広く被用者の行為の外形を捉えて客観的に観察し、それが被用者の職務行為の範囲内に属すると認め得るものである以上、たとえ、被用者が執行上守るべき命令若くは注意義務に違背し、或は全く職務意識を離れ、自己の利益を計るためその地位を濫用し、又はその機会を利用してなした犯罪行為であつても、その結果惹起した損害は即ち使用者の事業の執行につき生じたものに外ならないと解し、使用者をしてその賠償の責を負わしめるのが相当であると考える、今本件について見るに、前示認定の事実関係においては被告会社の被用者本山等のなした本件ケーブル切断行為は一般的外見的には本山等の掘さく作業の範囲内に属するものとすべきであつて、これに基づく事故は本山等が被告会社の事業の執行に付き生ぜしめたものと言うを妨げない。

次に被告会社は本件被用者等はいずれも臨時の日傭契約による人夫であり企業の有機的組織体の一部を構成するものでないから民法第七百十五条の「被用者」に該当しない旨主張するが、同条の「被用者」とは使用者が事業に使用するため選任し指揮監督する関係にある者を意味しその選任形態、従事する仕事の内容、これに要する時間の長短等は何等これを問わないものと解すべく、これを本件についてみるに右本山等が被告会社の道路掘さく作業のため雇われたものであることは前示認定の通りである。従つて同人等は被告会社の指揮監督のもとに右作業に従事すべきもので民法第七百十五条の「被用者」に該当すること明らかである。よつて被告の右主張は採用することができない。

次に被告会社は被用者の選任監督について何等の過失がない、仮りに然らずとするも本件のような場合は被告会社において相当な注意をしても損害は避け得られなかつたものであるから被告会社は損害を賠償する責任がない旨抗弁するが、当裁判所は原審と同一見解により本抗弁を認むべきでないと認定するからこの部分につき原判決の理由を引用する。そうすると、被告会社は被用者である本山音次郎等が本件ケーブル切断により原告に負わせた損害を賠償すべき義務があるものといわなければならない。

よつてその数額につき審究すると成立に争のない甲第十四号証、同第十五第十六号証の各一、二、同第十七号証当裁判所において真正に成立したものと認める甲第二号証の一のイ、ロ、同号証の二、三、同号証の四のイ、ロ、ハ、同第三号証の一ないし十六、同第四号証の一、二、同第五号証、同第七号証原審の証人須賀田正美の証言により成立を認める甲第六号証の一、同号証の二のイ、ロ、同号証の三、原審の証人久松仁市、同須賀田正美の証言によると、(一)仮復旧工事関係として、(イ)原告は昭和二十八年七月十一日午后四時三十分頃から極力通信不通に陥つた事故箇所の発見に努めた結果漸く同日午后七時三十分頃本件事故現場を発見し直ちに応急復旧工事にかかつたが既に切断箇所から両側に地下湧水が浸入し(後で調査の結果浸水部分は切断地点より両側約四十七米に及ぶことが判つた)たため、この部分のケーブルは使用不能となり、加えて交信の復旧を急ぐため切断地点より両側約七十五米づつ二本分合計約三百米に及ぶケーブルを切断し、これ等の仮復旧に別表第一記載の各工事資材が消費されその価格は合計金二十三万七千三百十六円となること、(ロ)本件事故によるケーブルの罹障個所の探索と復旧工事のため七月十一日午后六時から翌十二日午后六時までの間原告はその所属の職員十七名及び臨時作業員二名を使用したが、正規の勤務時間を超えて勤務せしめたため職員については別表第二の如く金二万一千二百五十六円、臨時作業員については別表第三の如く千二百九十二円の超過勤務手当をそれぞれ同年八月二十四日支給したこと、(ハ)本件仮復旧工事は前示のように徹宵工事が長時間に亘り続けられたので、別表第四の如く七月十一日には夕食として十七食翌十二日には朝食として十三食をそれぞれ本件工事に従事した作業者に飲食業者より購入して提供し同月二十二日その代金二千四百円の支払をなしたこと、次に(二)本復旧工事関係として、(イ)別表第五の通り工事資材が消費されその価格は百十二円であること、(ロ)本復旧工事は四国電気土木株式会社に請負わせて施工し、その請負代金として金五万六千四百六十四円を同年八月五日支出したことを認めることができる。原告は本復旧工事に原告の職員四名を従事せしめたため別表第六の通りその作業時間に相応する二千百四十八円の給与に相当する損害を被つたと主張するけれども右は超過勤務手当ではなく職員の正規の給与の一部であるから本件事故の有無に拘らず原告において当然支出しなければならない性質のものである、従つてこれを本件事故によつて原告の被つた損害と認めることはできない、或は本件事故がなかつたならば右職員を平常の事務に従事せしめることができた筈であるのに、これができなかつたことにより生じた損害又は余人を以て平常の事務を代行せしめたことにより生じた損害を主張するものならばこれを判断するに吝かでないけれども、かかる主張立証のない本件について職員の純然たる給与の一部を以て本件事故による損害であるとする原告の主張は肯認できない。被告は原告の使用する職員の勤務については別段二重の支出をしている訳でないから超過勤務手当を請求することは失当であると主張するけれども、仮復旧工事は前示認定の通り正規の時間外においてなされたもので、これは当然超過勤務手当の対象となること前示甲第十四号証により明らかであり、その超過勤務は本件事故がなかつたならば固よりその必要なきものであるからそのため支出した手当は本件事故によつて原告の被つた損害であることは多言を俟たない。故にこの点に関する被告の主張は採用しない。又被告は復旧工事にあたりケーブルを過剰に切断し正常な範囲を超えた工事をしている旨主張するけれども当裁判所は原審と同一見解により被告の本主張を認むべきでないと考えるからこの部分につき原判決の理由を引用する。

原告は本件ケーブル復旧のため更に諸掛費二万五千六百七十九円及び間接費三万四千六百七十九円の損害を被つたと主張するけれども右は既に認定した復旧費の外に果して如何なる費用を意味するものなりや釈明によつても判明せず、ひつきよう単なる経理上又は予算上の数字を云々する原告独自の主張に過ぎないものと断じざるを得ないからこれを以て本件事故により原告の被つた損害と認めることはできない。

原告は本件事故により電信電話が杜絶したため正常な交信状態の下に挙げ得た電話料金二十三万二千八百三十八円電報料四万四千二百二十三円の収入を喪い同額の損害を受けたと主張するけれども、原告の立証によるも昭和二十八年七月十一日午后四時十五分から翌十二日午后一時十五分まで本件事故のない場合に本件ケーブルの使用を予定せる電信電話の申込を拒絶したことを認めるに足りない。却つて当審証人吉田丸蔵(第一、二回)の証言によれば電信電話回線の障害があるときは回線の構成を変更すれば中継の方法により通信をなしうること、本件の事故に際しかかる方法を採つたか否かは判明せぬが申込の記録もなく亦申込を断つた記録も存在しないことを認め得べく、従つて受附を断つたことがあるかどうかは判らないが申込者に対し通信の遅延することを念達して受附をしたであろうことが窺われるのみならず、全国の電信電話事業を独占し通信網を高度に整備せる被告が本件事故によつて二十一時間の長きに亘り中継の手段を講ぜず通信を杜絶せしめて顧みず電信電話の申込を一切受付けなかつたとは到底首肯できないところである。しかし通信の遅延することを惧れて申込を差控えたり或は申込を撤回した申込者のあつたであろうことは推測に難くないけれども、その人数、通話数、通信距離を認定する証拠がないから現実に失つた通信料金を算定することは不可能である。原告は本件ケーブルの罹障中電信電話の申込を一切受付けなかつたとして罹障回線に関係のある各局毎に本件罹障日時と異なる日時を調査期日と定め別表第七の附表第一ないし第九及び別表第八の附表第一ないし第五に記載の通り通信料金を計上してこれを被つた損害であると主張するけれども右は罹障日時と異なる日時を基準にして罹障期聞中の全料金を算出したものであるから調査期日における関係各局の電信電話の申込状況と罹障日時におけるそれとが同一であることを仮定した独断なりと言うべく況や原告が損害を被つたとしてもそれは罹障期間中の一部料金に過ぎないこと前段説明の通りであるからかかる算出方法による資料により損害を認定することはできない。

そうすると本件事故により原告の被つた損害の総額は以上(一)(二)の合計金三十一万八干八百四十円となるところ原告が本件復旧工事のため撤去したケーブル中百十米はそのまま使用可能で新に埋設したケーブルと同様の価格一米七百五十五円合計八万三千五十円の価格を有することは原告の自ら認めるところであり前示甲第二号証の一のイ、ロ、同号証の二、同第十号証の一、二及び証人久松仁市の証言によるとその余のケーブルは使用不能で屑物として別表第九記載の通り計金四万一千九百四十三円の価格を有することが認められるから以上二口の金額は前示損害額からこれを控除しなければならない。又本件ケーブルの耐用年限が二十八年であることは当事者間に争なく昭和十七年五月頃埋設されたことは被告の明らかに争わず又本件弁論の全趣旨によるも争うものと認め難いので被告の自白したものとみなし本山等が切断撤去したケーブル四米と復旧のため切断したケーブル三百米、計三百四米より使用可能なケーブル百十米を除いた残余のケーブル百九十四米についてはその使用経過年数に応ずる減価償却費を前示損害額から控除しなければならない。ところがこの百九十四米の埋設当時の価格については別に立証がないから仮復旧当時の新品の価格一米七百五十五円を以て算出した合計金十四万六千四百七十円と認めこの金額に耐用年数を二十八年経過年数を十一月一日(月以下切捨)とした比率を掛けた金五万七千九百七十七円を右ケーブルの減価償却費と認める。

よつて前示損害金合計金三十一万八千八百四十円より右三口の金員合計金十八万二千九百七十円を控除した残額金十三万五千八百七十円が原告の被つた損害となる。

最後に被告は過失相殺の抗弁を提出し原告は予め被告に本件ケーブルの埋設せられていることを告知し注意を促すべき義務があるのにこれを怠つたと主張するが、告知義務は法規上の規定或は当事者間の約定による場合の外、予めこれを告知して適当な処置をとらしめない限り相手方の予期しない不利益な事態が発生する惧れがあつて予め告知しないことが社会通念上信義誠実にもとる場合に存するものと解すべく、これを本件についてみるに法規上の定めなく又当事者間に別段約定のあつたことも認められないし本件ケーブル埋設自体により特に不測の事態が発生する惧ありとも認められずもともと本件地区は前示認定の通り国鉄松山駅前の道路であるから、何人もかかる道路にはケーブル線等公共用の地下埋設物の存在することは予想し得べきものである従つてこれを告知しなくとも、被告はこれを知つていた筈であり仮りにこれを知つていなかつたとするも、かかる場合これを告知しないことをもつて社会通念上信義誠実にもとるものとは考えられないので、以上いずれの点よりしても原告には被告主張の告知の義務はないものと考えられる。よつて本抗弁は採用することができない。

以上認定事実によると被告は原告に対し金十三万五千八百七十円とこれに対する本件支払命令送達の翌日なること記録上明白な昭和二十九年四月二十五日以降右金員支払に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払義務があること明らかであるから原告の本訴請求は右限度において正当で、その他は失当である。よつて原判決は右と一部符合しないのでこれを右限度に変更し、原告の控訴はこれを棄却すべきものとし、民事訴訟法第八十九条、第九十二条、第九十六条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 三野盛一 加藤謙二 小川豪)

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